悲観的(批判的?)なことばかり書いて申し訳ないが、「安い物にも必ず意味がある。」

 成人の日と言う事で、若い人達に、激励の言葉をかけて上げたい所だが、それは他の人たちが充分なさって下さるに違いないと言う事で、別の話題について。

 「ああこれ安い、お買い得!」と思うと思わず買ってしまうが、よくよく考えて見ると、「何故この値段で売れるのか。」と、つい考えてしまうのは、老婆心か。

 殆どの人が、「買う人」だけでなく、時と所を変えれば、「作る人」でもあったりする訳だが、それはつまりは、自分が労働の立場で行っている事や、環境が、「買うものの品質や値段に反映されている」に違いないはずであろう。

 品質の良い物を安く提供するのが、「売り手」の役割だとすれば、安くて、心のこもったサービスをするのが当たり前と、考えがちであるが、それが、100時間残業だの、名ばかり管理職だの、タダ残だのという、「作り手」に「犠牲」を強いる物であっては、本末転倒ではないだろうか。

 楽はしたい、手も抜きたい、でもそれをやってしまえば、やはり、「サービス」の質を下げる事に繋がるのは明白だろう。

 結局、一番難しいのは、「何処で線を引くか」と言う事なのだろう。

 「前提」をひっくり返してしまうのはもってのほかだと思うが、知らずの内にやってしまっている事がないとも限らない。(というか、そもそも、自分の場合はそんな権威も、立場も与えられていないが)

 また、「前提」自体を、ハッキリさせたがらない体質と言うのもあるかもしれない。

 「広告」を見ていると、「統計のうそ」だったか題名は忘れたが、情報の扱い方、開示の仕方を変えるだけで、いくらでも(と言うのは大げさか)出てくる答えを変える事が出来る。特に、最近売り上げを伸ばしている、ネットショッピングなどでは、サービスの情報が、「買い手」にとって、最大の「頼みの綱」である事が多い。

 その頼みの綱が、同じ基準の元で表示されていなかったり、どの部分の情報を表示するかが、違っていて、見る側に勘違いを起こさせやすかったりする事は沢山有る。

 情報を売りにしている、「書籍」についても、中身を見なければ分からない、大きな「質」の差が存在する事は、何度も経験済みであり、時には間違った情報がそのまま載っていたりすることもある。

 以前、困った事があって、「消費生活センター」?(すみません、うろ覚えばかりで。これ一つでも、きちんとした情報を集めるのにも本当に手間がかかる。一応調べました。)にお世話になった事があるが、単なる情報と思って軽く扱うととんでもない目にあう。

 自分も出来る限り、有益な情報を提供したいと思うが、所詮、本当のところ「徒然なるまま」に書いている事なので、とにかく、自分は、「安い」物には、必ず「高い」物とは違った、何らかの意味がある事を、肝に銘じて、また、その意味を考えながら、「安い物」を、買い漁るようなことだけは、止めようと思う。(果たして出来るかな)